ハイツ日本橋中洲

ちなみに、この寒暖の差は、この地域にもうひとつの名物をもたらしています。

秋から冬にみられる「丹波霧」がそれで、雲海のように町を覆ってしまいます。

こうした土壌で作られる丹波の黒豆は、大きくふっくらとしているうえ、煮詰めても皮がむけないのが特徴です。

その皮には「アントシアニン」という色素が含まれ、これは疲れ目などに効果があり、さらに抗酸化作用も期待できる物質です。

煮崩れず、栄養を丸ごと食することができる丹波の黒豆はまさに最高の黒豆といえます。

最近は「丹波の黒豆の枝豆」も人気で、この豆は大豆の枝豆よりも粒が大きく、甘み、コクともにまさに最高というが、収穫は2週間程度と短いです。

食したい人は絶品の時期を逃さぬようにしたいものです。

『なぜ「備長炭」は江戸時代からブランド品だったのか?』

毎年、土用の丑の日が近づいてくると、食べたくなるのがうなぎの蒲焼ですよね。

濃い目のタレをつけた身と皮を炭火でじっくりと焼いた蒲焼を出す店は全国に数多くありますが、なかでも自慢のひとつとして「備長炭使用」のうたい文句を掲(かか)げている店が増えています。

備長炭とは、樫(かし)の木から作られる木炭の一種ですが、その火力の強さや火持ちのよさが特長で、そのまま置いておいても水や空気を清浄するなどさまざまな効能があることで知られています。

一時は多くのマスコミにも取り上げられて“ブーム”になったこともあります。

ですが、備長炭が誕生したのは最近のことではありません。

じつは、江戸時代からすでに最高級の木炭として高い評価を得ていたのです。

高級備長炭の発祥の地といえば、紀州・和歌山です。

その原木となっているのが和歌山の県木であるウバメガシで、元禄元年(1688年)にその製法は完成しました。

その製法は、伐採したウバメガシを束にして窯(かま)に詰め、“口焚き”という作業で原木の水分を抜くこと2〜3日間。

その後、ようやく本格的に点火してから窯出しまでにはさらに約5日間を要します。

ウバメガシが10分の1にまで圧縮され備長炭となるまで、約10日間にわたる作業が続けられる紀州の備長炭は、まさに一朝一夕で作れる代物(しろもの)ではありません。

いままでにない高い性能を持った紀州備長炭は、江戸に伝わり全国に流通するようになりますが、その売上は紀州藩にとって貴重な財源だったため、製炭方法は門外不出の機密事項だったといいます。

しかしその後、時を経て、その製法が広まるようになると全国で備長炭作りが進められ、現在では中国や東南アジアでも製造されるようになってしまいました。

ですが、ひと口に備長炭といっても、もちろんその品質にはバラつきがありました。

そんななか、本場和歌山ではいまも昔ながらの伝統的な手法で製造し、ブランド木炭としての品質維持に努める製造元も健在です。

丹念に作られた備長炭は、木炭でありながらその切り口はハガネのように輝き、備長炭同士がぶつかり合うと「キン」という金属のような音がでます。

まさに和歌山が生み出した芸術品ともいえる実用品なのです。 ハイツ日本橋中洲 の評判を知りたい人向け

Comments are closed.